不謹慎だけど、台風の日とかってわくわくしない?って、耳に押し付けた携帯電話に向かって言ってみる。
すると、鼻で笑ったのが聞こえ、
『バーカ。ガキかよお前』
と呆れ半分、からかい半分の調子で電話越しの声が答えた。
だってまだ中学生だよ?
機嫌が良さそうなのが分かって、こっそり笑みがこぼれる。
「跡部くんは雨の日、嫌い?」
『別に』
「俺はね、結構好きなのよ」
『・・・部活がさぼれるからだろ』
「違うよ〜! 俺だっていつもさぼってるわけじゃなくてね・・・・・
ってそうじゃなくてさー!」
『・・・何だよ』
「今笑ってたでしょ?」
跡部くんひどいんだー、と拗ねたように言ってみせる。
やっぱり向こうからささやくように笑う声が聞こえた。
「だからね、俺は雨が好きなの!
例えばさ〜、傘なくてどうしよっかなーって昇降口で雨宿りしてるときとか、
家で、窓開け放して雨音聞きながらベッドに寝転がるひとときとか、
すっごい激しい雨風をね、窓の近くで見るのとか、
校舎から体育館に行くときの渡り廊下で、雨が降ってるの見てると、上履きのまま飛び出したくなったりとか、
そういうの、好きなんだよね。
跡部くんは、好き?」
一通り自分が語り終えたところで、また跡部が微かに笑いを含んだ声で告げた。
『好きだぜ』
その言葉にどきりとする。
・・・いかんいかん、千石清純、一生の不覚。俺のことじゃないんだぞ、と心に言い聞かせる。
いやまあね、なかなかストレートに言ってくれない人だから、今その気分をちょっと味わってしまったけれど。
平静を装って、そう良かったという前に、跡部がお前さ、とこれまた面白そうに言った。
『こんな朝早くに電話かけてきて、長ったらしい前置き語りやがって。
とっとと本題に入れよ』
・・・・・・あちゃ、ばれてた。
俺は自分の部屋の窓から覗く、低く垂れ込めた灰色の空を見やって笑った。
6月下旬、例年より遅く訪れた梅雨に誘われて台風がやってきた。
大型の台風は、関東を直撃するわけではなかったが、
四国そして大阪方面を通り北上する際に、月曜日の昼頃、東京の半分を掠めていく予報が流れていた。
そのニュースが流れ始めたのが一昨日の土曜日の夜、それから刻々と天気図上で進路を進めていく台風を見つめ、
千石はこれはラッキーなことになりそうだ、と口元に笑みをたたえた。
月曜日の朝、たらたらと学校へ行く支度をしている千石に、玄関口で鳴り響く電話のベルが聞こえた。
俺ってやっぱりラッキー、と呟く。
電話に出ると、予想通りクラスからの連絡網だった。
決まりきった連絡事項を適当にメモして、次のクラスメートにも簡単に伝える。
休校の連絡だった。さすがは私立中学校、というべきだろうか。その決断は早い。
電話を終えて母親に報告すると、せっかくお弁当作ったのに、
と言って冷ましていたおかずをラップに包んで冷蔵庫に収めた。
父親と姉が居間へ入ってきた。これから二人とも、出勤、登校するのだろう。
弟の休校を知って、姉はふざけ半分でずるいと千石の頬を引っぱってみたりしたが、
千石は一通り姉の気が済んだところでうまくかわして自室へ戻った。
さて、と呟く。
すっかり目が覚めてしまって、また布団に潜り込む気にはなれなかった。
とりあえず制服からまた部屋着に着替えると、ベッド脇の机の椅子に座った。
くるっと回転させ、脇にある窓を開ける。
重く暗い空が広がっていた。降り出しそうな様子はまだないが、
確実に嵐が来そうな荒れた天気になることは十分分かる空模様だ。
ベッドの上に放り投げてあった目覚ましにも使ってるケータイを拾う。
受信メールのマークが背面ディスプレイに表示されてるのを見て、ケータイを開く。
今日の部活メニューはいつに回すというようなメールが南から入っていた。思わず吹き出す。
早いなー南、こんな朝から皆に回してるのかな〜
・・・・・・・もしかして俺にだけ?
そんなことを考えつつ了解の旨と、借りてたマンガ明日返すよ、と付け加えて返信した。
終えてしまうと、また暇を持て余すしかなかった。
ケータイを開いたり閉じたり、無造作にもてあそびながらちらりと机の上にある目覚まし時計、
予備に使っているものに目をやった。
八時か。
ふと、跡部のことが思い浮かんだ。
山吹が休校になるくらいなら、あの氷帝だって休みなんじゃないだろうか。
お坊ちゃまお嬢様学校だもんなあ。
あでも、休みだったらまだ寝てるかな〜
気になり始めると千石の思考は止まらない。そわそわして、立ち上がり、無駄に部屋をうろついてみたりする。
ケータイ片手にそんなことをしていると、開け放った窓の外から自分の家のドアが開く音がした。
それに被るようにして、いってきますと二人の声が聞こえ、千石は窓から身を乗り出した。
「いってらっしゃーい」
口に手を添えて、ご近所に迷惑にならない程度に声を抑えて、歩道に出た父親と姉に声をかけた。
見上げた姉は千石に気づくと、べーっと舌を出した。
父親が何か姉に告げた。息子を見ると軽く手を上げて歩き始める。姉もそれを追いかけた。
姉ちゃん、はしたないとか言われたなあれは、とその後姿を見送って千石は笑う。
そして今度は千石が見上げた。相変わらず暗い空だ、と思う。
「うーん、、電話、しちゃおっかな」
善は急げって言うしね。
清清しい空の下と変わらず、千石は気持ち良さそうに伸びをした。
やはり氷帝は休校だった。しかも前日の日曜日のうちに学校から連絡が来ていたらしい。
「それなら一言メールくれればいいのに〜」
口を尖らせた千石に、跡部はその額を弾いてやる。
「バカ。よく考えろよ、台風で休みになるんだぜ。
お前のとこが休みになるとは限らねえし、連絡したところでどうこうなるもんじゃねえだろ」
「そうだけどねー、あ、もしかして跡部くん俺に会いたかった?! ねえ会いたかった?会いたかった?」
「うるせえ」
「いだっ。暴力反対〜」
そこで跡部はため息をつくと、
「だからこうして会ってやってんじゃねえかよ」
と言ったので、千石は殴られた頭を擦るのを止めて、うん、と満足そうに笑った。
電話の、遠まわしな前置きから入った誘いをあっさりと跡部に見破られて、
素直に「跡部くん学校休み? 休みなら跡部くんちに行ってもいい?」と尋ねた千石に、意外にも跡部はすぐ応じた。
その代わり台風で帰れなくなってもしらねえぞ、と跡部のある意味願ってもない仮定に、
千石はいつも使っているスポーツバッグに、簡単なお泊りセット、制服に部活に必要なもの、
学校の用意を一通りつめて跡部邸にやってきた。
そんな、これから遠足に行きそうな千石を玄関に招きいれた跡部が、呆れかえったのは言うまでもない。
自室のドアを開けながら、
「まだ降り出してねえんだな」
と千石の出で立ちから察した跡部が独り言のように言った。
今の時刻は10時を少し過ぎたところだ。
いくらなんでも、8時からおじゃまするのは失礼だろうと、
10時までは友達の家に遊びに行っちゃいけないって、小学校のときの夏休みの注意に書いてあったからさ、
と、電話を切る前に千石は告げて、10時ぴったりに着くようにやってきたのだった。
そこに置いておけよ、と跡部に示されたところへ、千石はバッグを下ろした。
「ちょっと風は出てきたけどね、まだ大丈夫みたいだよ」
さっきの発言に答えながら、フローリングをぺたぺたと歩く。
こうやって裸足で歩くのが千石は好きだ。
自分の部屋もフローロングだけれど、足の踏み場がないということも多くあるので、
いつも綺麗に片付いていて、床も磨かれいている跡部の部屋はなお好きだ。
本当は床にごろりと横になりたいけど、それをすると怒られるのでなかなか出来ない。
「さて、今日は何する?」
ん、と振り向いた跡部に千石は微笑みかける。
跡部は、こげ茶色のボトムスのポケットに両手を突っ込んだ。
「適当」
「え!? イチャイチャ?! ぎゃー跡部くんだら積極的だなあもう!
ええ、ええ!しましょうともイチャイチャ一日中! 来たれ台風ー!」
一人ハイテンションな千石をじと目で見つめ、跡部はしっしっと追い払う仕種をした。
「お前帰れ。今すぐ帰れ、ていうか山に帰れ。滝に打たれて頭冷やしてこい。
悟り開いて坊主になって一生帰ってくんな」
「跡部くん・・・・・・確かに俺が悪いけどさ、そうつれない言葉はポンポン出てくるのに、
どうして甘い言葉はひとつも出てこないかな・・・・・・」
うなだれた千石に、跡部は腕を組んでみせると、
「じゃあ心配して言ってやるよ。さっさと病院に行ってきな」
「うう・・・」
千石がショックを受けて、正確にはフリだが、大きなソファに倒れこんだ。
しれっとして跡部は斜向かいの一人がけに腰を下ろした。
ソファセットの目の前にあるテレビ電源を入れ、台風速報がやっているチャンネルに合わせる。
うつ伏せに顔をソファへ埋めていた千石も顔を上げて、テレビの画面を見た。
風が唸り、雨がそれに乗り、派手な音を立てすべてのものに打ちつける。
街路樹が折れそうなほど大きくしなり、道路を往く車が水を跳ね上げ、ワイパーを忙しなく動かして走り去る。
激しい雨の勢いで、最早役に立たない雨具を着たレポーターの声も姿も、雨に霞んでよく分からない。
無意識に、すっげ、とほぼ同時に二人とも呟いていた。そしてお互いの声を耳にとめて、目を合わせる。
瞬きした跡部に、千石は笑いかけた。
「ねー跡部くん」
「何だ」
「真面目な話、」
「だから何だよ」
「一日中のーんびりイチャイチャするために、ビデオでも借りに行かない?」
起き上がって座りなおした。俺ちゃんと会員証持ってきたんだよね、と千石が付け足すと、
「前半は却下だが、後半は、ま、いいんじゃねえ?」
と跡部は言うなり立ち上がって、お前ほんとは外に出てみたいだけだろ、といたずらっぽく笑った。
「跡部くんも、でしょ?」
上機嫌の跡部に、千石は嬉しそうに表情を崩した。
「いてっ」
ぽかっといい音がして、本日二度目だなと千石は思う。
お目当ての新作DVDと、その他何本か見繕って帰路に着こうとした、レンタル店の軒下。
跡部と千石は、しょっぱなから結構な勢いで降り始めた雨を目の前にしていた。
そんな二人が持ってきた傘は、千石が傘立てから取り出した、父親のお古という大きめな傘一本だ。
「どこがラッキー千石なんだよアーン? このアンラッキー千石が」
「あひどい。それはひどいよー」
いやね、俺的には結構ラッキーなんですけど、と小さな声で言ったら、
ぎろりと跡部に凄まれたので、これ以上殴られてはたまらないと千石は両手を振って何でもないを繰り返した。
台風が来る、雨が降る、なんて十分分かってるのに、傘を一本しか持ってこなかったことには、千石に大いに原因があった。
跡部は勿論自分も傘を持って出るつもりだったのだが、千石が、
「やーまだ降らないっしょ。なんたって俺ラッキー千石だし?じゃあ一応俺の傘だけ持ってこうか。
あ、これ父さんのだからおっきいし、いざとなったら二人でも余裕だしさ。さあ行こう行こう〜」
と畳みかけられ、無理矢理玄関から押し出されてしまった。
ラッキー千石の部分に納得した跡部だったが、事実、千石といると雨に降られることなど覚えている限りではなく、
だが本当はそんなところに納得してる場合ではなかったのだ、と跡部は思った。
一本だけ持っていく、というところが真意だ、と今更気づく。
跡部は、ほら早く帰ろうよ、と言う千石に手を差し出した。
「貸せ」
「え?」
「傘だよ傘」
「へ?」
「俺が一人で差して帰ってやる」
「ええー!何それ〜!」
千石はちょっと差し出しかけた傘を引き戻してぎゅっと抱え込んだ。ちっ、と跡部は舌打つ。
「跡部くん、結構本気だったね今」
「俺はいつでも本気だ」
「いいじゃん〜 跡部くんちまでそんな距離ないし、相あ」
「その単語を口にすんなよ」
「・・・一緒に傘入るくらい」
相合傘、を制されて、千石は言い直す。ちょっとだけ、残念そうな顔をしてみる。
しばし跡部は千石を見つめていたが、
「・・・分かった」
とため息交じりにいった。
「え!ほんと!?」
千石が喜びに顔を明るくしたのもつかの間、
「お前一人で傘取りに行って、また戻ってこい」
「ええー!!!」
あまりにもそっけない跡部の台詞に、千石は大声を上げる。
跡部がにやっと笑った。
「なんなら俺が取りに帰ってやろうか?」
「・・・・・・ダメッ、絶対ダメ! 跡部くん戻ってこないつもりでしょ?!」
「バレたか」
「えっ、本気? 冗談で言ったのに・・・・・・!」
言い合いとは遠い、じゃれ合いをしていると、不意に、一際風が強く吹き、軒下の方へも雨風が舞い込んできた。
「うわっ、」
千石が小さく声を上げ、後ろに下がる。跡部も一歩後退した。
どうやら台風が近づいてきて、本格的に雨足が激しくなってきたようだ。
お互い自分の衣服を濡らした雫の跡を見、千石が話を切り出した。
「・・・跡部くん」
相槌のように、跡部がため息をつく。そして傘差せよ、と千石の手に握られているのを手で示した。
「ほら、帰るぞ」
その言葉を受けて、了解!と嬉しそうに傘を開いた千石を見て、ヤツの作戦勝ちだな、と跡部は心の中でもため息をついた。
ざあっと、アスファルトを雨が駆け抜ける音がし、自分たちの傘の上も勢いよく打ち付けて過ぎ去り、
また訪れるそれは繰り返し続いた。
行きにはそれなりにいた人通りも、今はもうほとんどなかった。
住宅街の中を歩いているせいもあるだろうが、車の行き来もたまに見かける程度だ。
そもそも台風が来てるのだから、外出する人は少ないだろうな、と思いつつ、横に並んで歩く跡部を窺う。
何だ、というように跡部も視線を寄越したので、
「もっとこっちに寄ったほうがいいよ。肩、濡れてる」
と千石は顎で跡部の肩を示した。促されるようにして跡部は色を濃くした黒のTシャツの袖を見る。
「お前こそ」
そう言って千石の肩を見やると跡部は、少し、身を寄せた。
千石もそっと跡部の方へ寄った。何か言われるかな、と思ったが跡部は何も言わなかった。
雨の湿気を吸って、跡部の薄茶の髪はいつもより顔にかかっているようにみえる。
「・・・あのさ」
傘の下で、自分の声が響いて聞こえた。
千石は、雨が打ちつける前方に傘を少し傾けて、
「人通りも少ないし、こうやって遮っちゃうとさ、」
誰にも見えないよね?
そう跡部の耳の近くで囁いて、その微かにしっとりとした頬にキスした。二人とも、ゆっくり足を止める。
お前な、と跡部が小さく呟いたが、傘を持っていた千石の右手に自分の右手を添えて少し右の方へ傾けさせると、
自分も身体を捻り、これじゃあ見える、と告げ千石の左頬に口付けを落とした。
笑いを含んだ声で、続けて千石が跡部の額に落とす。
「誰も見てないって。人いないもん」
「ばか。上から見える」
その跡部の声も笑っている。顔を離すと、跡部はつややかな笑みで千石を見た。
あじさいみたいだなあ、と千石は思う。
時折跡部が見せる笑みは花みたいだ。とっびきりあでやかなのもあるし、ふとこぼれる優しいのもある。
そうやって笑ってくれるのが好きだ、とも思う。
跡部は目を細めると、ほら行くぜ、と見惚れていた千石の右手を再び握り、歩き始めた。
強い風がぶつかって、傘が軋む。足元はもうびしょ濡れだ。
「急ごうか」
強くなってきた、と千石は左手に持っていたビデオが入った袋を抱えると、歩くペースを上げた。跡部もそれに倣う。
びゅう、と風が吹き荒れた。前から、そして後ろから襲い掛かる。
急に吹き付けた雨の感触と冷たさに、二人が目をつぶったそのとき、
ばきっ。びゅう、ばきばきっ。
と木の枝が折れるようの音がし、雨が一層強く降り注ぐように感じられ、跡部はもしや、と思って頭上を見上げた。
「・・・げっ」
「ぎゃー!」
跡部と同じことを感じた千石も事態に気づいて、声を上げる。
傘がもはや傘ではなかった。
千石のもとい父のお古の傘は、骨が折れ反対側にめくれ上がり、無残にもばたばたと風に揺れている。
しばしその傘だったらしいものを見つめていた跡部と千石だったが、
また強い雨風が吹いたのでようやく我に返り、とりあえずそこに、と千石が目指したマンションのエントランスに駆け込んだ。
「大丈夫かよ?」
壊れた傘をたたもうとしている千石を跡部が覗き込む。
千石は何とか元通りの姿に傘をまとめ、
「台風だし、壊れるかもしれないと思ってもらってきたお古だからさ、壊れたのはいいんだけど、」
いや良くないか、と言って外を窺った。
奥まったエントランスは、二人がいるところまで雨は届かなかったが、
手前の方はまるでバケツで水を浴びせたかのように、雨が度々打ちつけられている。
「困ったね・・・」
自分と同じように髪をかき上げる跡部に千石は目をやった。
腕や頬に水滴が伝う。先ほどより濡れて重くなった髪の毛の先からは、ぽたりぽたりと雫が落ちた。
この雨の冷気のせいだろうか、普段より澄んでみえる色素の薄い双眸は外を見ている。
「傘、買いに行くって言ってもな・・・・・・ その傘が壊れたんじゃあビニール製のなんか、一発だろうし。
しかももうこんなびしょ濡れじゃあな」
そう言ったところで、跡部は千石に笑いかけた。
あはは、と自分のTシャツを引っぱって見、そうだね、と千石も笑った。
「・・・走るか」
ふと表情を落ち着かせて、跡部が言う。
そして千石の返事を待たずに、
「家まであと少しだろ。ここにいても埒が明かねえし。
ちゃんと濡れないように袋抱えてろよ」
と、千石を指差すと、跡部は降りしきる雨の中へ軽やかに踏み出した。
たん、と花が咲いた。
跡部が一歩踏みしめた薄く水の張ったアスファルトに、靴の縁に沿うようにして小さく飛沫があがる。
雫が散って落ち、地に吸い込まれていくまでが、千石にはやけにゆっくりと感じられた。
降り続く雨が落とす波紋も、細かに小さく飛沫を上げて、花を咲かせているようにみえる。
花を散らしてその道を往く跡部が、首だけで千石を振り返り、眩しそうに笑った。
自分はまるで蜜蜂のようだ、と千石は思う。
春の、暖まった空気の中、むせかえるように香る花々の陽気が恋しかった。
君が恋しかった。
花踏んで追いかける。
ああ、
花の、君よ。
fin.