「……なーにやってんだかな」
見上げる青い空の先に一筋の黒煙が上がっている。
仁王は唇を歪めてコックピットの中で呟いた。身体のそこかしこが動かさずともずくずくと痛んでいた。
最後の最後に形勢逆転、近距離から放ったアームバズーカ砲の出力に押しやられた敵機体の走行線が二本、開けた森の乾いた土の上に続いていた。
爆発したと思われる敵機体はここからでは視認は不可能だ。
まだ生きている機体のコントロールパネルを片手で操作して、レーダーとサーモを展開した。
先ほどまで点滅していた敵機体を示す青のデルタマークは消えている。サーモの反応も見られない。近くに人間はもちろん、小動物の類の熱源もない。
今ではどこの軍事国もこぞって新型の開発に取り組み、軍力の中心としている人型兵器のコックピットには緊急脱出機能があり、よほどの損傷損壊を負わない限り、脱出ボタンを押せばコックピッド部分が機体から離れ、緊急射出することにより脱出することが出来る。
しかし、見ていた限り、コックピッドが射出された様子をあの煙の向こうに見ることはなく、操縦者ごと機体は吹っ飛んだだろうと仁王は確信に近く思う。バズーカ砲は丁度コックピットの部分、人型兵器の胸部に命中させたのだからそれはほぼ間違いなかった。
さらにレーダーを操作して広範囲を索敵したが、反応は何もない。味方の識別信号も感知できなかった。
まあそれはいいといやいいんだがねえ、と仁王は腹の中で呟いてコントロールパネルを閉じようとしたが思いとどまって、救助信号の発信を開始させると、やるべきことはやったというように一息ついてパネルを閉じた。
システムはこそまだダウンはしていなかったが、戦闘機として役に立たないという時点でがらくたも同然と化した。
先の戦闘で両脚を潰されてしまったのだ。脚がなくては人型兵器は歩くことも出来ない。
左腕も肘の連結部分から先が爆発でも起こしたかのようにもげている。アームが耐え切れないほどにバズーカ砲の出力を上げたせいだ。
もちろん通常の状態で撃つならばこんなことにはならない。けれど、これが最後の一撃になると判断した仁王は、とっさにコントロールパネルを操り、出せるぎりぎりのエネルギーに設定を変えたのだ。
そして、潰れた両脚では放ったその衝撃に耐えられず、仁王の機体は後ろへ大きく吹っ飛び背中から地面に落ち、転がる中で、仁王自身もコックピッドの中で激しく身体を打ちつけたというわけだった。
敵を撃破したはいいけれど、こちらはこちらで操縦者も機体も手負いの状態。
次に現れる者次第では俺の命運も尽きたな、などと他人事のように仁王は考えながら、後ろへ傾いたコックピットでシートに身体を預けた。
空は、何ものにもかえがたく、青かった。
ここは空白地帯、目下冷戦状態にある三国のどの国境線にも接する、緊張が支配する支配者なき土地だ。
口をつぐみただ鎮座する修行僧のごとき岩山、響くのは小鳥のさえずりではなく砲撃の音だけだという、何ものも生息することのない全てを拒む深い森、乾いた土が風に吹き上げられ、砂埃の舞う荒れ果てた大地は死という言葉を連想させるに相応しい。
それなのに。
(……この空は俺の知る空と何も変わらん。)
ただ青い、そう仁王はぽつりと思った。
死の横たわる土地と自分の生まれた国、そして世界のどこに境界線があるのだろう。
頭の端がずきりと脈打つように痛んだ。機体が吹っ飛んだ際に何度か頭を打ったのだ。脳震盪を起こさなかっただけマシじゃなと心の中で独りごちる。
額を温く伝うものがあった。うっとうしさに顔をしかめる。
やがてゆるりとまぶたにたどりついた血の赤が、世界を醜く汚した。
...continue?