自分で言うのもなんだけど、自他共に認める『ラッキー千石』なんです、俺。
運が良いんだ本当に。
何処からそれは来るんだってくらいにね。
皆未来の分を今使い切ってるんだとか、周りから吸い取ってるんだとか(特に南から)、
勝手なこと言ってくれてるけど、まあそれはどうでもいいや。
今、幸せだと思えるならそれでさ。
だってね、それは何処から来るかは知らないけれど、何処へ行くかは知ってるんだよ俺。
君へ、だと思うんだ。
特に何の変わりもない日常だ。
フツーに学校へ行って、フツーに授業受けて、いつも通り部活へ出て、
まだ明るい空の下、やっとコートから引き上げて、今こうして部室で着替えてる。
周りは皆何やかやと騒いでいる部室はいつもどおり賑やかだ。
話題は今日のテレビのこととか、明日の宿題のこととか、そんな他愛もないこと。
俺もたまに話を振られて、適当に相槌を打ったり笑って返したりしてる。
そこへもう着替え終わった南がやってきた。
「あ、千石」
「ん〜?」
ぐいっとTシャツから頭を出す。
「お前今日用事あるか?」
「いんやないけど」
白ランを羽織って、ロッカーの鏡でちゃちゃっと髪を整える。
「じゃあコロッケ食べて帰らないか?」
「おっいいね〜たまには! 行こう行こう」
素直に喜んで、俺はその誘いに乗る。
ロッカーを閉めると、まだ残っていたメンバーに声をかけ、俺たちは連れ立って部室を出た。
「もうこの時期になるとあったかいっつうより、あっついよねえ」
五時だというのに、空の青が雲の白に映えてキレイだ。まだ夕暮れの時刻には早い。
俺と同じように空を見上げた南が、頭の後ろで腕を組み、頷く。
「そうだなあ。まだ五月なのにな。でもま、雨よりかはいいだろ」
「だね〜 梅雨に入っちゃうと練習も出来ないし、じめじめするし、つまんないもんなあ。
まあこのラッキー千石さんが、なるべく晴らせてみせましょうぞ!」
「おお、頼むぞ千石」
笑う南の肩をぽんぽんと叩いて、足取り軽く校門をくぐる。
「あ、ついでにあそこも寄って帰らな・・・・・・い?」
ふと、南を振り返ろうとしたその動きの途中、校門に寄りかかる人物を視界の左端に捉えた。
動揺ついでに語尾が上がる。
「よう」
にやりと口の端を上げ、きちんと着込んだ制服に、一箇所だけネクタイをルーズに緩めて立つその人は、
「跡部くん!」
だった。
回転も中途半端に、てててっと跡部くんに駆け寄る。
「わー!どうしたの、珍しいよね跡部くんがこっちに来るなんて、
ていうかもしかしなくても俺のお迎えだったりするんですか?!」
「待ち伏せ、な」
嫌味なまでにかっこよく、君は笑う。
今日の運勢はこれだけで急上昇。どこの占いだったかな、射手座の運勢は最悪だって言ったのは。
と、そこで気づく。
「あ、南!」
すいませんごめんなさい南。舞い上がって、今一瞬君のことを忘れかけていました・・・!
振り向くと、南が笑いをこらえるようにして、口元に手をやり、俺を眺めていたようだった。
「お?何だよ南〜」
「いや、お前らしいと思ってさ」
そして声を落とし、
「コロッケはまた今度な」
お前のおごりだぞ、と付け加え、俺と跡部くんに手を振ると、背を向けてバス停の方へ歩き出してしまった。
「えっ、南! いいのー?」
その背中に慌てて呼びかけると、大きく手を振ってそれに応えてくれた。
おっけーの意、らしい。有り難く、そう受け取る。
「また明日ね〜!」
また呼びかけると、二、三回手を振って曲がり角に消えた。
「何だ、南と約束があったのか」
跡部くんがそのやりとりで気づいて、壁から身を離すと、南が消えた方を見やった。
「え、あ、うんちょっとね」
なんというか、南にも跡部くんにもちょっと悪いことしちゃったなと、多少気まずい思いがよぎる。
俺が何を考えたのか分かったのだろうか。
「ばーか、いいんだよ」
跡部くんが俺の頭を小突いた。
「俺が来てやったんだから、俺を優先させるに決まってるだろうが」
笑った。
それは、君の優しさだね跡部くん。
君が我儘を言うことで、俺はしょうがないフリをして君を選ぶことが出来る。
それでも、そうやって自分を選ばせようとする君も、こうやって君を選ぶ俺も、大概我儘だと思うけど。
俺が顔をくしゃくしゃにして笑うと、跡部くんはふと笑いをもらして、行くぞとカバンを担ぎなおした。
「あ、じゃあさ」
コロッケは南との約束にとっておくとして、言いかけたもうひとつの場所を思い出し、
俺もスポーツバッグを背負いなおす。
やー跡部くん、きっと行ったことも見たこともないと思うよ?
ちょっと想像しただけで、それはもううんと楽しい。
期待に満ちた笑みで、跡部くんの腕の裾を摘まむと、
「駄菓子屋行こうよ」
といつもの通学路を外れて、校門から伸びる左の道へ跡部くんを引っ張った。
「はいこれ持ってね〜」
俺に渡された小さな籠をじっと見つめて佇む跡部くんはなんだか場違いで、可愛い。
山吹の近くにあるこの駄菓子屋は、ここだけ時間の流れが違うような、レトロな雰囲気をかもし出している。
実際、随分昔からずっとここにあるらしい。
入り口には、古いアイスボックスと、たらいの氷水にラムネがつけられて置いてある。
そんな店の様子をざっと眺めて、案の定不思議そうな顔をしている跡部くんを見、
ああやっぱり、こういうところ来たことなかったんだなあ、とちょっと笑みが零れそうになる。
これはもう、楽しんでもらわないとね。
俺は跡部くんの後ろに回りこむと、
「ほら入って入って」
と、その背中を押して中へ入った。
店内には所狭しと駄菓子やおもちゃが並び、そこここから、これまた駄菓子やおもちゃがぶら下がっている。
雑然としていて、見てるだけでも飽きない。
奥の方には店番のおばあちゃんが椅子に座っている。
いつもにこにこ笑ってて、たまにおまけしてくれるいいおばあちゃんなんだよ。
きょろきょろと見回す跡部くんに思わず心が和む。(人がいなかったら抱きついているところだ)
ここは山吹は勿論、近くの小学生の寄り道場所にもなっていて、
小学生らしい男の子が三人、駄菓子を選んでいるところだった。
跡部くんと同じように小さな籠を抱えて、どれにしようか熱心に見比べている様は微笑ましい。
うんうん、分かるよその気持ち。迷うんだよねえ、ホントいろいろあってさ。
とりあえず、俺はいつも食べてる定番に手を伸ばした。
「あ、跡部くんもこれ食べる〜?」
手招きして跡部くんを呼ぶと、店内を眺めていた跡部くんが近寄ってきて俺の指差すものをじっと見下ろした。
「・・・ヨーグル?」
「うん。まあヨーグルトみたいなものかな」
「みたいなってなんだ」
「そういうのなの。美味しいよ、食べてみる?」
「ああ」
その言葉を受けて、ヨーグルをふたつ取って跡部くんの持つ籠に入れた。
途端、跡部くんが首を傾げる。
「ふたつ?」
「え何、もっと食べたい?」
「いや、これで1セットじゃねえの」
「・・・・・・このブルジョワが〜!」
ていっ、とふざけた口調で、軽く額にチョップをお見舞いする。
何だよ、と跡部くんは納得のいかない顔で額をさすった。
どうやらこの、こんにゃくゼリーほどの大きさしかないヨーグルを、
単品で売っているものではなく、一箱1セットで売ってるものだと思ったらしい。
なんかもう、さすが跡部くん。近くにいる小学生が痛いほどこちらを見つめてるよ。
「あのね、これは一個ずつで売ってるの。まー箱でも買えるけどさ」
「ふうん」
「でも駄菓子はね、少ないお小遣いでちょこちょこと買うのがいいの」
「はあ」
「大人買いは、将来俺が社会人になったらしてあげるからね」
「そうかよ」
一応納得したらしい跡部くんは、籠の中のヨーグルを無造作に転がした。
その仕種も、表情もなんだか楽しそうだ。
「じゃあ、これとこれも」
こざくら餅と青リンゴ餅、どんどん焼をふたつ籠に入れる。これもいつの俺が買ってる定番だ。
「・・・餅?」
ピンクと緑色のそれが目に留まったらしい跡部くんが、また何か不穏な発言をしようとしてるのに気づいて、
「いや、もう、深く考えないように」
と、その口を塞ぐ。
跡部くんが、分かったと目で言ったのと頷いたのを確認して、手を外した。
「なんか食べたいのあったら、好きに籠に入れて。ここなら俺奢れるし! あ、くれぐれも箱ごと入れないでね」
そう注意すると、分かってるよ、とちょっと拗ねたふうに言って駄菓子を眺め始めた。
その表情は、まるでさっきの小学生みたいに真剣だ。
可愛いな〜と横目でちらちら気にしつつ、俺も何個か選んで跡部くんの持つ籠に入れた。
「じゃ外で待ってて」
跡部くんから籠を受け取って、奥へと狭い店内を器用に移動する。
「おばあちゃん、お会計お願い〜」
はいよ、と穏やかな返事をして袋に詰めてくれる。最後にふたつ、ガムをいれてくれた。ラッキー!
「おまけね」
にっこり笑ったおばあちゃんに、俺もにっこり笑ってありがとう、と告げた。
「おまたせ〜」
アイスボックスの脇で待っていた跡部くんに袋を見せる。
同時に跡部くんもほらよ、と缶ジュースを俺に差し出した。俺が受け取ると、さっさと歩き出してしまった。
あ、これ奢るって言ったからそのお礼かな。
駄菓子の入った袋を見やって、俺は跡部くんを追いかけた。
こっちの道は土手へ出る道だったけかな、と思いつつ、その道すがら二人で駄菓子をあさる。
「はいヨーグル。これスプーンね」
「・・・・・・」
「どう? 美味しいっしょ?」
「・・・まーそれなりにな。ヨーグルトかこれ?」
「だから、みたいなのって言ったでしょ。はい次これ〜」
「餅、ねえ」
「あ、そっちのも頂戴〜!」
「・・・これは結構好きかもな」
「ほんと? ・・・・・・ていうか跡部くんそれ犯罪」
「はあ?」
「ちまちま爪楊枝でつついてるの、ちょっと跡部くんにあるまじき姿だよ?! カメラでとっちゃおう〜!」
「変態」
「なんと言われようが! ほらもう撮っちゃったもんね」
「はあ・・・」
「何、待ち受けにしてほしいって? わー照れちゃうなあでもしょうがない跡部くんの頼みなら」
「頼んでねえよ。食っちまうぞこれ」
「わわ待って。止めるから今日のところは!」
「今日のところはってお前な、」
そんなふうに騒ぎながら、人参ライス摘まんで、うまか棒かじって、とんがりを口に放り込みながら、
だらだら歩いてるとあっという間に土手に着いた。
橋の向こうの空の縁と、地上に落ちる光が淡い夕日色に染まり始めていた。雲の白もそれに感化されている。
川面が揺らめく。
俺の少し前を行く跡部くんの、色素の薄い髪が夕日色を滲ませて光る。
「あーとーべーくーん」
缶ジュースに口をつけていた跡部くんが歩いたまま、首だけで振り返った。
「はい」
ぽいっと高く弧を描くようにしてあるものを投げると、跡部くんは後ろ歩きでそれを受け止めた。
「っと、ガムか」
「うん。おばあちゃんにもらったんだ。ふたつ」
包み紙を開けて、ふと手が止まる。ガムを口に入れると、俺はその包み紙を跡部くんに見せた。
「見て。当たりだって〜 ラッキー!」
跡部くんはへえ、と感心すると自分も包み紙を開けた。
そして、
「当たりだ」
とそれはもう自慢げに自分の包み紙を俺に差し出した。確かに薄い赤字で「あたり」と書いてある。
「ほんとだ」
「ラッキー、だな」
にっと笑って跡部くんはガムを口に放り込んだ。
「お前といるからだろうな」
・・・こんなことを君に言われたら、降参だよ。
さあっと涼しげな風が水面を撫で、土手の草が柔らかくしなる。
跡部くんは目を閉じて、その心地よさに浸った。
俺はそっとその横に並んだ。
「跡部くん」
「アン?」
「俺がラッキーじゃなくても、一緒にいてくれる?」
「はあ?」
なんだそれ、というように跡部くんは俺の顔を見て顔をしかめた。
瞬間、ちょっと後悔した。試すようなことを聞いたかなと思ったからだ。
すると、思ったとおり跡部くんの表情は不機嫌そうなそれに変わった。
「お前、俺がそんなのを理由にすると思ってんのか」
跡部くんは俺の前に出て、足を止めた。俺も言葉に詰まって、足を止める。
「俺は、言ってない」
はっきりと俺の顔を見て、跡部くんは言った。
ああそうだ、俺は跡部くんのこの目が好きなんだよなあと、ふとそんなことを思った。
「ラッキーだから、なんて一言も言ってねえだろ。お前と、」
もう一度強く言って、途中で言葉を切った。何か迷っているみたいだった。
こんなこと言うつもりはなかったのにって感じで、今度は顔が、少し赤くなってるように見える。
小さく、ち、と舌打ちすると、跡部くんは言葉を選んで慎重に俺に言った。
「ラッキーだから一緒にいるだなんて、言ってねえだろ。
お前が、お前だから、一緒にいるんだよ。お前がいるから、一緒にいるのがいいって言ってんだ」
言い終えると跡部くんは手の甲で口元を隠すようにして、くるりと背を向け、足早に行ってしまった。
その背中はなんだか可愛らしかった。
え、俺、なんかさりげなくすごいこと言われてない? 一生モンじゃないこれ。
「ごめん、ちょっと待ってよ跡部くん!」
「うるせ、わざわざこんなこと言わせんなバカ!」
俺は振り向いてくれない跡部くんに必死に追いついた。
追いつくと、ちらりと振り返ってくれて、その少し赤い顔が覗いた。
夕暮れのせいだけじゃないでしょう跡部くん。
俺はそりゃもう満面の笑みだと思う。
跡部くんは照れくさそうにして何も言わず、またぷいと前を向いてしまった。
それでも、歩くスピードが少し落ちた。
「ごめん」
横に並ぶと、何にやにやしてんだバカ、と跡部くんがカバンを振り上げて俺の頭を容赦なく叩いた。
それでも俺の笑みは収まらない。
気持ちわりい、と言う跡部くんの声ももう硬くなかった。
「ラッキーだなあ俺」
だってこうやって君と一緒にいられる。
俺の呟きにまた跡部くんは、ばーか、と弾んだ声で言った。
俺たちは幸せだ幾重にも。
花のような恋をしている、そう思った。
fin.