食べて寝ると牛になっちゃうョ
お雑煮食べる?と聞かれて跡部は、昼食を腹八分目より少なめにしてよかったと思った。さらに言えば、ジローの家まで車を出してもらわず徒歩と電車を使ったのは正解だった。多少腹の減りが早くなるというものだ。
そして何より、ジローが尋ねると同時に腰を上げていたから、相手が食べる気になっているのであれば招待された側としては受けなければならないとも考えた。
「おう」
短く答えるまでに、そんな長々とした思考の経緯があることを愛想よく笑うこの部屋の主は知るよしもない。
ジローに遊びに来ないかと誘われたのは今朝のことだ。朝食を食べ終えて、跡部も休日らしくお茶を飲みゆっくりしていたときだった。
まずジローがこんな朝から起きているのかということにびっくりした。芥川様でございます、と執事から電話を差し出されたとき、ジローではなくその親からではと疑ったほどだ。
というようなことを年始の挨拶もそこそこ素直に電話口で告げると、
「だって休みだし。早く起きないと損じゃね?」
と小学生のような言葉が返ってきてそれはそれで納得がいった。ジローはこういう奴だ。そしてこういう奴は長い休みに入るとカレンダーなど見てないに違いないと予測した上で、今日はまだ三が日だぞと言ってやった。
ジローの家はクリーニング店だ。自営業にとって年末年始は貴重な休みだろうし家族でゆっくりしたいものなのじゃないだろうかと思い巡らした故だ。家の者にしてみれば来客はあまり歓迎されたものじゃないんじゃないだろうか。
「だけど明日からおばあちゃんち行くんだよね俺。だから今日じゃないと無理」
ジローの答えにはいそうですかと軽々とは答えなかった。
けれどその後の他愛無いやりとりの流れの最後で結局はああと曖昧には返事をしてしまった。
話し方にコツがあるんだろうか、と自分では使わなさそうな言葉遣いをふと考える。
ジローの前だと余計なことが言えなくなるのが不思議だ。
多分跡部が丁重に断ったとしても自分だけは食べると言い出すに違いなかったジローは、跡部の返事を受けてやけに嬉しそうにばたばたと階段を下りて言った。かーさん、おぞうにちょうだい、と大きな声で言うのがここまで聞こえる。
元気だな、とぼんやり思いつつ、跡部は遊びに訪れたジローの部屋をぐるりと見回した。服やゲーム、マンガが散らばっているベッドに、冬休みのために持って帰ってきた教科書が山積みになっている机。おそらく休みに入ってから1回も机の前に座っていないんだろう。ラックには小さなテレビにゲーム機、それとフィギュアだとか細々とした雑貨がたくさん並んでいた。秩序がなさそうであるそれは、ジローにとっては余計なものではないんだろう。
薬局でおなじみの象のキャラクターのマスコット、有名なアメコミのフィギュア、はたまたペットボトルのおまけに付いているボトルキャップだとかを一通り眺め、跡部の視線は自分の目の前にすとんと落ち着いた。
跡部が収まっているのは小さなこたつだ。初めて目にするとは言わないがほとんど跡部は使用したことがない。入ったことくらいあると以前友人に言ったらびっくりされたことがあった。それくらい自分には無縁と思われるものらしい。
ベッドの横、ラックの前に置かれたこたつは、小さいとはいえ床面積のほとんどを占めている。物置にずっと仕舞われていたものを引っ張り出してきたらしい。やっぱり冬はこたつだよとジローは笑っていた。
足崩しなよと先ほど言われたのを思い出して跡部はあぐらをかく。正座でこたつに入るのはなんだか不似合いらしい。
「おっまちどうさまー」
足で器用にドアを押し、閉めて、両手にひとつずつ椀を持ったジローが戻ってきた。
跡部の前にひとつ、右隣にひとつ置いてジローも腰を下ろす。はいトクベツ、とスウェットのパーカの前ポケットから出したのは紅白の箸袋に入った割り箸だった。正月用のだ。
箸を受け取って改めて椀の中を見ると、ほわっと湯気とともにだしのきいた良い匂いが鼻先を漂った。丸餅に澄んだ汁、具は小さく切った鶏肉、かまぼこ、にんじん、こんにゃくだ。
「うちはさ、」
食前のあいさつも口早に汁をすすっていたジローが口を開く。跡部もいただきますと口にした。
「元旦は長方形の餅なんだよね。で、2日が丸餅って決まってんの」
父が関東出身で母が関西出身のため、子どもの頃からそうなのだということだった。ついでに、他にもぽろぽろと幼いときの話がジローから脈絡なく口早にこぼれたけれど、跡部は基本黙って聞くことにした。いつものように多少突っ込みたくもなるが、美味くてあたたかいものを食べているときに余計なことを考えるのは無粋だ。
ふーんと適当に相槌を打って汁をすする。やさしい味わいがじんわりと身体の中へ滑り落ちていく。こたつのスイッチは入っているから十分にあったかかったがやはり温かい汁物を食べると落ち着くというものだ。
ふう、とジローがそれを表すように肩をすっかり落として一息吐いた。真っ白な湯気がほっかりその口から洩れそうだと跡部は思った。
いつのまにか思い出話は終わっていて、はふはふと餅をくわえているジローを見、美味いものの前では皆同じなんだなとやけに跡部は感心してにんじんを噛む。
雑煮を食べ終えると、もぞもぞとジローが身体を動かしてこたつへ潜り込んだ。
「あー腹いっぱい!」
椀の上にぱちんと箸を置いて、跡部はその横向きになった身体を見下ろす。
「ねえ跡部」
「何だ」
「食べた後にすぐ横になると牛になる、って言われたことない?」
「へえ、じゃあお前、普段からそうなんだからもうそろそろ牛に変化してもいいよな」
「俺の話じゃなくてさー」
「ない。その話自体聞いたことがない」
本当に覚えがないのでそう答えると、だよねー跡部は無駄にごろごろだらだらしないもんねー、と自分の座っていた座布団をつまんだりした。話の筋が違う方向へカーブしたなと跡部は思ったがもう慣れっこだ。
自分は無駄にごろごろだらだらしないわけじゃなく、ごろごろだらだらが無駄だからしないのであって、その認識の違いに気付いたが言わないでおく。さらに言えば、お前がなるなら牛じゃなくて羊だろう、とも思ったがあまりに下らない思いつきだと判断したので余計に口にしなかった。
けれど自分の思考と半分重なったかのようにジローが、
「でも、跡部がなるならスマートな牛、だね」
とにっこり笑っていったのでそこはバーカとすかさず返した。
まったく馬鹿らしいと思ったけれど、跡部がしっかりとまるでギャグマンガのようなスマートな牛の姿を想像してみたのを羊頭の部屋の主は知るよしもない。
すっかり影響されている気がすると跡部は思わずしかめっ面で、余計な想像を頭から押しやった。

fin.
いただいた言葉が、せんべというよりジロ跡っぽいなと思ったのでこれだけジロ跡に。(昔ちょっとだけ書いてましたね) 今見ると、ジロー&跡部ですが……
食べてすぐ横になると牛になるよ!とはわたしも言われたものです。
でも今は横になることは良いことだそうで、こういう昔はだめって言われたことが今は良かったり、その逆もあったり、時代ってのは変わるものですね〜(しみじみ)
跡部はきっと、ごはん食べてお腹いっぱいになってリビングのソファで寝転がる、なんてことしないんでしょうね……
そんなことしたら、「まっ景吾さまお行儀の悪い!」ですよねすみません。
This fanfiction is written by chiaki.