お泊り会なんて、まるで幼稚園児みたいだ。毎回思ってはふと笑いがこぼれたりする。
小学生でもない俺たちがこうちょくちょくお互いの家に泊まったりするのってなんだかさ。
ちょっと不思議で照れくさくって、でも嬉しくて。
そういうの考えてる俺の顔を見る度に跡部くんは不思議そうな、ちょっと訝しげな顔をする。
「何笑ってんだよ」
「ん、別に何でもー」
「あそ」
泊まるたびに俺がそんな顔をして笑うからこんなやりとりはもう慣れたものだ。
でも、跡部くんがいまだに俺の笑っている理由を尋ねてくれるところに俺はちょっとした愛情なんかを感じたりしてるんだよ、なんて言ったら怒るだろうなあ。
そんなことを考えてまたひとつ俺が笑うと、気持ち悪い、と一言飛んできた。
「しかもてめえ、入ってくるなり俺のベッドに潜り込んでんじゃねえよ」
跡部くんはすっかり着替え終わってベッド脇で俺を見下ろしている。
俺はというと、跡部くん指摘したとおりベッドの中で気持ちの良い羽毛布団に首までくるまっていた。
「だってトイレに起きてうろうろしてたら執事さんに朝食準備しますねって言われて、その間お部屋綺麗にしておきますなんて言われたら、いやもー二度寝したいんですけどなんて言えないじゃん。だから、」
「俺のとこ来たってわけだな」
呆れたように言い、跡部くんは腰に手をあてた。
「そうそう。ああ、あったかーい。今日なんだかいつもより寒くない?」
ごそごそと布団の中で身を丸める。すると跡部くんはちらりと窓に目をやり、ベッドの横にある窓のカーテンをめくった。
「そりゃあな。雪降ってるからだろ」
「え! 雪?!」
ほどよく温まってきた布団の温もりは捨て難かったけれど、跳ね起きて跡部くんがほらと大きく開けてくれたカーテンの合間から外を覗いた。
外は、白く輝く銀世界に変わっていた。
夜のうちに積もったのだろう、周りの住宅の屋根も木々も道路も庭の芝生も、真っ白な雪を被っている。
天気は冬特有の曖昧な天気で、低くて白っぽい空はまさしく銀色の世界だと俺は思った。
だんだんと、わあっと心が踊るような気持ちが降ってくる。
ああこれって説明しづらいんだけれど、いいものを見つけたときの気持ちっていうのかな、俺、雪が降るたびいっつもこんな気持ちになってる気がする。
なんだか無性にはしゃぎたくなってぐいぐいと跡部くんの袖を引っ張った。
「ねえ跡部くん雪だよ雪! すっごい積もってるね!すっごいね!」
「見りゃ分かるって。5センチくらいはいってるかな」
跡部くんの声もわくわくしてるときのものだ。そっと顔を見上げると口の端がちょっとだけ上がっている。
「ね、外出てみようよ!」
勢いよく布団を剥がして立ち上がる。ばんざいをするみたいに身体を伸ばす。
「お前、それで行く気かよ」
「え? …………、はっ!」
自分のパジャマ姿に気づいて着ているTシャツの端をつまんで広げ、大げさにリアクションをとってみた。
「着替えたらまず朝食」
「ええー」
笑いながら言った跡部くんの言葉に俺ががっくりと肩を落とすと、タイミングよくコンコンと上品にドアをノックする音が聞こえた。
跡部くんが応えるとゆっくりとドアが開き目を伏せて丁寧にお辞儀をした執事の石岡さんが、
「朝食の用意が整いました」
と告げた。そうして顔を上げ、Tシャツをべろっと広げ腹を披露したままになっていた俺と目が合うと、躊躇うことなくにっこりと微笑んだのだった。


「いっえーい! 一番乗り!」
朝食を食べ終えるなり俺は一目散に外へ飛び出した。
行儀悪いなあと自分でも思ったけれど、食べている最中も窓の外が気になって仕方なくてずっとそわそわしてた。
だって跡部くんちの広い庭は誰かが踏みしめた跡がなくてまっさらだったから。
足跡のついてない雪を踏むのって、なんか、嬉しい。
急いで靴を履いて玄関を出る。門までのところはきちんと雪かきされていたけれど、
庭に続く方は見ていたとおり期待していたとおりで、真っ白い、ふんわりとした雪が誰に触れられることなく在った。
最初の一歩をゆっくり下ろす。
さくっ。
マシュマロとか綿菓子とか、そういうお菓子を思い出すような柔らかい音がする。
続いて左も踏みしめてまた右足を前に運ぶ。振り返ってみると自分の足跡が深い白の陰をかたどって残っていた。
「ねえ、跡部くん、……あれ?」
きっと満面の笑みだったと思われる顔を上げ、いると思っていた跡部くんに話しかけたはずが誰もいない。
がーん、超さびしい人じゃん俺!
確かに跡部くんは寒いのあんまり好きじゃないって言ってたけど一人で部屋帰っちゃうなんて。
口を尖らせて足元の雪をちっちゃく蹴り上げる。雪の粒が散って周りにしっとりと軽く沈み込んだ。
「あとべくんのばかー」
「誰がバカだって。アーン?」
「あ」
カラカラとアルミサッシの開く音がして、俺の横、リビングに面する窓からばっちりコートを着込んだ跡部くんが出てきた。
「ほらよ」
「と、あ、コート」
「お前の薄手だから俺の持ってきてやった。袖が長くて困るだろうけどそれ着てろよ」
靴をかがみ込んで履いている跡部くんが最後の方を強調しつつ言った。
「あっとべくーん!」
「わ、抱きついてんじゃねえよ。滑るっての」
「ごめんね俺跡部くんの優しさをまだ分かってなかったよ……!」
「あーはいはい。いいから大げさに騒ぐな」
でもね、ちょっとさっきまで本気でひとりぼっちは寂しかったのよーと俺が言うと、バーカ薄着で出てくお前が悪いんだと頭を小突かれた。
確かにこれ一枚で外に出るのは無謀だったかなと思いつつ渡されたコートをいそいそと着ていると、跡部くんがぽすぽすと感触を確かめながら新雪の上を歩いていた。
その横顔はいつもの大人びた跡部くんじゃなくて、ほころぶように笑う、たまに見せてくれる顔のひとつだ。
見られていたのに気づいたのか、ふと俺を振り返って、何かしねえのとすくった雪を一掴み俺の方へ投げた。コートにさらりと引っかかって落ちる。
俺はさくさくさくと跡部くんに近寄って笑いかけ、
「やっぱここは手始めに雪だるまでしょ!」
としゃがみこんで小さな雪玉を作り転がし始めた。
俺の進行方向にいた跡部くんがじゃお前下なと言って退く。
「おっけー」
と俺は手を休めず、あっという間にメロンぐらいの大きさになった雪玉の形を整えつつ転がしていく。
後ろで俺と同じくらいの速度で雪を踏む音がする。ころころ。ぎゅ。ぎゅっ。向きを変えて、またころころ。
雪の原を真っ直ぐ転がしていくと、椿のだろうか。深い緑色の、厚くふっくらとした葉っぱが一枚落ちていた。
お、後で雪うさぎ作るのに使お。
雪の白に照らされてるみたいにその緑がきらきらしてるから、今すぐ拾い上げてしまうのもなんだか勿体無い気がして、そこを避けゆっくりと蛇行する。
「千石」
「んー何」
「そこら辺プールの、」
「えっ、うわあおわっ!」
「千石っ!」
跡部くんの言葉が終わらないうちに急にがくっと足元を踏み外しバランスを崩した。ずぼっと、左足が深く、雪に嵌る。
うわ、あぶな!
前かがみになっていた姿勢が思いがけず起こされ上体がふらついているところに、言ったそばから何やってんだよと慌てた跡部くんの声がし、駆けつけて腕を掴んでくれた。
どうやら跡部邸の庭の真ん中を占領しているプールの縁の部分に片足を踏み入れたらしかった。
跡部くんに支えられて安心して息を吐く。ほっとしてメンゴと跡部くんを見上げると、
「お前な、先に言わなかった俺も悪いけど気をつけろよ! 中に落っこちたら心臓麻痺でぽっくりだぞ」
バカ、と最後に付け足すのも忘れずに眉を寄せた。そして跡部くんも俺と似たふうに息をこぼすと、びっくりさせるなよ、と上気した顔で拗ねたように言った。
……ああ。
「ごめんなさい」
へらっと笑っていたのを引っ込め頭を下げて謝る。一瞬でも、すごく怖い思いをさせたことに心の底から反省する。
気をつけますとしおらしく言った俺に、跡部くんはもっとこっち側でやれと強めに掴んでいた手を優しく離した。
跡部くん俺言えないけれどとてもとてもふきんしんだけど、君がそんだけ俺のこと心配してくれるの、すっげえ嬉しいよ。
「ほら続きやんぞ」
そう言って放り出してきた自分の雪玉の方へ跡部くんが歩いていこうとする。
その背中、腕に、俺は前回の教訓を踏まえて軽めに飛びついた。
「……跡部くーん!」
「何だよまたひっつきやがって、俺は雪だるま作るんだよ! お前もそっち戻れ!」
「そうだけどー。ちょっとさあ休憩してもいいかなって」
「はあ? まだ15分ここにいねえぞ。早く戻れ!俺はこっち!お前はそっち!」
「ケチー」
「ケチじゃねえ。早く作るぞ」
「はーい」
しぶしぶと、でもちょっとだけ笑いながら幸運にも崩れず残っていた作りかけの雪玉をまたよいしょと転がし始めた。
それからは特に事件もなく(何回か跡部くんに、そっちは危ないとか注意されはしたけれど)、
俺の腕で円を作ったくらいの結構な大きさの雪玉を作り終えて、つつがなく雪だるまは完成した。
「ぎゃー手が真っ赤!」
ほら、と俺は両手をそろえて手のひらを跡部くんの前に差し出す。
冷えすぎて熱を持ったみたいにじんと皮膚が張るような感覚が疼く。冷たいというよりかは痛いに近い。
俺も、と跡部くんも手の平を広げて前に差し出し見せっこした。
「わ、跡部くんのが真っ赤」
「そうか? あ、」
跡部くんが俺の手のひらに人差し指で触れた。
「マメの跡」
とつついて笑う。
ほんとだ、と俺も笑った。
俺の手に触れた跡部くんの指をそのまま包み込んで握る。
もう片方の手も握って、俺の両手で跡部くんの手をすっぽり包む。
そうして俺たちの目の前まで持ち上げて、目を合わせて微笑んだ。
俺の口元まで持っていて、はー、と柔らかく息を吹きかける。身体の内の温かい息が白く舞い上がって空に帰っていく。
あったかい?と俺が目で尋ねると、跡部くんはあんまりと言いながらも顔を近づけて、今度は跡部くんが、はーと俺の手に息を吹きかけた。
「まあ、気持ち程度な」
と跡部くんが言いながらくつくつと笑った。
笑うたびに小刻みに揺れる息が、ちらちらと白く染まっている。つられたように笑う俺の息も、同じ。
「雪だるまに顔作ってあげなきゃね。どうする?」
「そうだな……」
ゆっくりと言った跡部くんはそうして俺の手を外させると、右手で俺の左手だけ引っ掴んでリビングの方へ歩き出した。
「とりあえず、一旦暖を取る」
ざくざくと足を進ませながら、石岡がきっとお茶を用意して待ってる、となんだか楽しそうに笑って言った。
その笑顔と紅茶の温かい湯気を思って、俺は冷えてごわつく頬をそれでも緩めて笑い、その背中についていった。

fin.
初雪には毎年うきうきします。誰の足跡もないところにこっそり、夜中にさくさく歩きに行くとかいまだに楽しみです。(笑)
最初のころに書いたものなので、ちょっぴりまだ2人とも幼い感じがしますねー。懐かしい。
こういう子どもっぽい感じとか、まだ2人とも中3だもの、あってもいいよねってときどき思います。
冬、いいな。夏真っ盛りに見るとうらやましくて仕方ない……
This fanfiction is written by chiaki.