「何だこれ」
開いた手のひらにぽいと落とされたものを受け止めて、ベッドの上であぐらをかいて座る跡部はまじまじそれをと見つめた。ワッフルのように丸を半分に折ったそれは香ばしい焼き菓子だ。
表情で疑問を投げかけるように、手渡した人物を見る。カラフルな袋を手にした千石が微笑んだ。
「姉貴の旅行みやげ。フォーチュンクッキーっていうんだってさ」
そう言うと、千石はがさがさと袋を振ってみせた。小さな焼き菓子が袋の中で飛び跳ねる。
跡部は今、千石の家に遊びに来ている。先ほどおやつを持ってくると言って部屋を出て行った千石が手にして戻ってきたのがその袋だ。
そういえば何日か前、千石がときどき寄越す他愛もないメールの中に家人が旅行に行っているというような話題があった気がしたなと跡部は思いながら、人差し指をちょいちょいと動かして千石にクッキーの袋を寄越すように促す。
ポーズしたままのゲーム画面を前に床に座っていた千石は、これ?と袋を持ち上げると、手を突っ込んでふたつみっつ掴んでから跡部に手渡した。
赤と黄色がメイン使われた賑やかなパッケージには英語で“フォーチュンクッキー”と書かれている。裏返して製品表示を見ると、そこには二ヶ国語の文章が並んでいた。
ふうんと袋をまじまじと眺めている跡部に対して、千石はすでにひとつめのクッキーを口に放り込んでもぐもぐ口を動かしている。
「味はまあ、普通かな。でもメインはおみくじだから。ね、入ってるっしょ紙切れ」
千石が摘んでクッキーを持ち上げてみせる。横から見てみると、確かにそこにはカスタードやチョコクリームといった餡が包まれているのではなく、空洞に小さな紙切れのようなものが挟まっているようだった。
千石と同じようにして、ほんとだ、と跡部は呟いた。
「この紙にね、ラッキーアイテムとかちょっとしたことが書いてあるんだよ。占いクッキーなの。俺にぴったりでしょ」
へらっと表情を崩して千石がふたつめを口に放り込んだ。
それを見届けながら、跡部は手の中で転がしていたクッキーに目を落とす。そもそもたべものに紙を入れること自体、信じられねえんだよなとぼやきながらも摘んで口の前まで運ぶ。何はともあれ、勧められれば断れないところが意外に律儀な跡部の性格なのだ。
端をかじると小気味良い音が立つ。何の変哲もないクッキーだ。咀嚼しながらクッキーの空洞を覗くと、小さく折りたたまれたおみくじが引っかかっている。それを引っ張り出してから、残りもひょいと口に放り込んだ。
飲み込み終えてごちそうさまと言うと、いえいえどういたしましてと明らかにもごもご口にものを含んだ声で千石が答えた。
見ればいつのまにか3つめを噛み砕いていた千石が口の中から細長いテープのような紙切れを取り出し、それを丁寧にベッドの隅っこへ並べているところだった。
ラッキーアイテムは傘で、失くしたものが見つかるとかって書いてあると千石がおみくじとにらめっこして呟いた。多分だけど、とその読解力の自信のなさもほどなく付け加えた。
「みっつめは」
並べてあるおみくじは三つだ。一つ足りない内容に、跡部が尋ねると、
「だって最後のわかんないんだもん」
と現役中学生にあるまじき答えが返ってきて、跡部はとりあえず近くにあったものを軽く投げた。
ぼふっと音がしたのと同時に、わ、とつぶれた千石の声がして頭に命中しひっかかったそれは脱ぎ捨ててあったTシャツだ。
「だってー英語だよー」
べろりと頭にまとわりついたTシャツを回収しながら千石は唇をとがらせる。ぐるぐると腕に巻きつけて抱き込んだ。
俺が得意なのは国語と数学、と一人頷くようにする千石に跡部はわざとらしくため息を吐きながら、どれがわかんねえんだよと顎で指す。
「ん? えーとね」
服を投げたその余波でひらひらとあたりに舞い散ったその紙切れをTシャツを巻きつけたままの左腕で拾い上げ、跡部へ手渡す。
「伸びるぞ」
「うん」
ちらりと千石の手元を見やってからおみくじの文面を覗き込む。家にいるが吉と読むと、当たりだね、と跡部を見てにっこりと千石は笑った。
「これ、けっこう当たるんだよ」
俺この間も当たったんだからとまたTシャツをベッドの上に放って立ち上り、跡部の横を行き過ぎた。
「ていうか跡部くんのは何だった?」
背後から届いた声に跡部はそういえば、と握り締めていた手を開いた。縮こまった紙切れを摘むと、窓の開く音がした。
「一応雨は降りそうにないけどなー どう思う?」
さきほど引き当てたおみくじのラッキーアイテムを気にしてるのだろう。
跡部も上体をよじり勉強机の横の窓から外を覗いている千石の方を向き、座り直しながら来たときの空を思い出す。薄い雲がかかり、太陽の光が雲の中でわだかまっている今の空はやって来たときとさして変わらない。
「大丈夫じゃねえの」
「ま、降ったらお迎え来てもらったらいいよね」
跡部の家には運転手付きの車がある。前にも帰り際に雨に降られたことがあって、迎えの外車が千石の家の前に着けたときには千石もその家族もびっくりした顔をしていた。運転手さんがいるとはねえ、とそのときのことを思い出したのか千石がのんびりと呟く。
「で、おみくじは?」
身体をくるりと反転させ千石が期待に満ちた顔で窓の縁によりかかる。
ああと返事をして、跡部は解きほぐすようにおみくじを広げた。短い文章が目に入る。
「ラッキーアイテムは、」
そこまで言って跡部は目を瞬き、もういっかい目に文章を含んでから顔を上げた。
曇り空を背景にして、どんなところでもどんなときでも目立つオレンジ色の髪が小さな風にそよがれて揺れた。その風がやがて跡部にも届く。
「……仕込んだんじゃねえよなあ」
「はあ?」
そんなわっけないじゃんと笑いを漏らす千石をまじまじと見つめ、跡部は呆れに似た相槌を打つとお前ってほんとラッキー千石だよなと呟く。
「えっなになに、ラッキーアイテムは千石、とか書いてあった?」
「バカ、ここでも世界でもお前は有名人じゃねえ」
「冗談だよ」
「でも、まあ、無駄にすごい」
無駄にな、と跡部は力強く頷いてやってからもう一度おみくじに目を落として不思議そうな顔をし首を傾げる千石の、オレンジの髪を目を細めて見上げちらりと笑った。
fin.