七罪不遜、八罪跋扈
「……十四番隊、到着」
逆立つ怒りの渦巻く空気に、赤葦は背筋をぞくりとさせ色を変えることなく目を細めた。
眼前に憚るは歪に割れた仮面をした破面2体。巡回していた別の隊の応援要請を受けてやってきた赤葦は、自分たち死神がまとう黒装束とは正反対の白装束姿を重たげなまなこで確認する。今、ここに淀む空気に色があるならそれは限りなく濁った赤だ。腐った血のようなほどなく黒に近い赤。その突き刺さる気を一身に受けて、赤葦が身をすくませることなどない。
「いやいや随分と綺麗どころじゃないの」
赤葦の横で呑気な声と小さく口を鳴らす音がした。目線を滑らせることなく、赤葦はこぼした吐息であしらう。成体らしい破面は確かに女性型で、片方はその特徴をことごとく隠すような服装だがもう片方はことさら強調するような出で立ちだ。
「好みに口出すつもりはないですけど色欲に眩まないでくださいよ」
諌めるつもりはなかったが、首を巡らせすげない視線を向けると黒装束に羽織をまとった男の黒目がつい、と動いた。赤葦よりもほんの少し背の高い十四番を背負う男は、隊長である黒尾だ。右目を長い前髪に隠して、妬く? と据わった目に楽しげな色を含ませる。その目つきを、まるで悪人面だとどこかの隊員が噂していたのを赤葦は黙り込んだまま思い出す。
返事を寄越さない赤葦に黒尾は小さく肩をすくめた。そして別段気に留める素振りなくそのまなざしを目の前の敵に投げる。
「あれって力が強いほど知能が高くて人間の姿に似るんだっけ」
「ええ。そうだと聞いてますけど」
「じゃあ人間様は偉いもんだな」
「傲慢ですね」
棘なく言ってやると、そうかな、と黒尾が嘲笑うのを小さな空気の震えに感じ取る。視線を前に戻して、そっと赤葦も黒尾に見えない方の口の端をほんの少し上げた。
何も楽しんで無駄話に花を咲かせているわけではない。隊員が周囲の避難を済ませるのと結界を貼るまでの時間潰しだ。双方ともに不意打ちなど無意味なことは分かっている。こうして相対しているあいだにも、水面下での気の探り合いはもちろん無言の駆け引きもある。蛇が企みに舌を濡らして這いずるように、目に見えない思惑が色かたちのなく双方の真ん中で絡みあう。
鯉口を切って、鞘をひそやかに擦り刀の抜かれる音がした。場の空気が一転、変わる。わだかまり牽制し合っていた互いの剣気がすっと引いて、その身から留まりきれない覇気が滲み立ちのぼる。黒尾から感じる底の知れないそれに赤葦は静かに深く息を吸い込み、敵を見据えて己を静かに昂らせる。
「……細いほう、俺もらいますよ」
「それ、なんか嫉妬するね」
結界を張りさえすれば力の解放を遠慮することはない。赤葦は背負った刀をするりと取り出して構える。
「どうぞ存分に」
捨て台詞と草履の足音ひとつを残して黒の残影が消える。


敵の実力は読みどおりといったところで、黒尾と赤葦それぞれの相手は自分より少しの開きがあった。特に赤葦の相手は深手を負わせることが目的といった戦いかたではなく、自分を倒して黒尾に加勢しにいくのを避けるための足止めといったふうだ。それを面白くないとは思わなかった。嗜虐の趣味はないが、装うことなく確実に相手の命を削っていく時間を最大限味わえるのは悪くない。
削り砕き剥ぎ切り捨てる。着物の端を切り裂き、耳を狙った一閃を寸でのところでかわされ、長い髪の一端を奪い去る。繰り出される拳に、踏み込んだ草履の1歩でぐっとこらえて身体を回転させ肩の上をかすめたそれを見送り、勢いそのままに刀を振り下ろす。ぴしゃ、と上下に弾けるように上がった血しぶきに、まずったな、と思ったがもう遅かった。左耳を削げれば十分と思った一撃は宙に左腕を一本、舞わせていた。思ったよりも相手の体力の消耗は早いらしい。読み負けだ。そんなことを考えながら赤葦は手首を即座に返し、苦痛に歪む顔を半分隠した仮面を感情無く砕き叩いた。
「案外あっけなかったな、侘助」
赤葦の斬魄刀の能力は一撃を受けるたびに重量が倍化するというものだ。相手はいつしかその重みと疲労に耐え切れなくなって膝を突き這いつくばるほかなくなる。今、こうして赤葦の足元にうずくまる屈辱に顔を汚した破面のように。
四角い鎌形の刃をその首に引っ掛けて、赤葦は頭上を見上げた。空中では黒尾がもう一体と刃を交わしている。戦いの前に武者震いのように揺らがせた気はもう収められて相手と首ひとつ分の差に押し留めている。隙があればその首を取れるのじゃないかと思わせるようなしたたかさはいやらしいことこの上ない。その、首一個の差を量り切れなかった者があっけなく死を迎えたのを赤葦は何度か目にした。今回の相手はそれを間違えるほど愚かではないらしい。
きん、と甲高い音がぶつかりあって鍔迫り合いに黒尾と破面が睨み合う。闇を見つめる凶気をその瞳に孕ませて、黒尾の口元にはささいな罪が乗っかって形良く歪んだ。悪い癖だ。己のことを棚に上げるわけでもなく赤葦は思う。弄ぶつもりはない。手を抜いているわけでもない。ただ相手のすべてを余すことなく、力尽きる最後の一滴まで貪り喰らいたいだけ。どんなに鍛錬に身を費やしても真剣勝負における、ぞくり、と芯を貫く恐怖にも似た高揚感が得られることはない。それは命を賭す戦いのなかにしか見出せないものだ。
目を瞑り、息を吸い込む。殺気とあらゆる悪意がない交ぜになって降り積もり、狂気に鋭さを湛えて静かにたゆたう。背筋を走り脳天を刺激して覚醒させる、張り詰めた糸のように危なげで研ぎ澄まされた空気を身に馴染ませるように、吐息の端を揺らせ、ゆっくりと吐く。
足元で蠢くそれが呻くような声を漏らしたのに、赤葦は眠たげな目を差し向けた。もったいぶるな、と破面は言った。赤葦は首を傾げる。何に湧くのか分からないから情はない。奪うことは出来るが怠惰のつもりはない。それこそいつでも刈れると傲慢ぶる気もない。下手な素振りを見せればすぐさま動けるよう貪欲に気は張っている。
視界の端で横一閃、黒尾が手にした紅姫の刀身を影知らず華麗に走らせるのを見る。終わりはなんともあっけない。くすんだ血しぶきが円を描くのように跳ねて散り、破面の人影が、ぐず、と胴体真っ二つに崩れ、落下していく。わずかにこびりついた肉塊と滴る血を振り払い、黒尾が刀を空に啼かせた。
赤葦は、苦しく頭を垂れたそれを瞳に映すためだけに見下ろした。すっとさらにまぶたを重たくしてまつ毛を艶やかに光らせる。もう終いにしなくてはならない。きっと戦いながらもこちらのことを把握している黒尾に嫌味を言われることはないだろうが、お前も好きだね、と無粋に呟かれるのは少々癇に障る。
あらゆる罪が強さひとつで見逃され屈せられるとは思わない。ただこの場所には、命を取るほうか取られるほうか、最初から最後まで結局その罪ひとつしかない。今までもこれからも生き残る罪の化身は黒尾と赤葦、ふたりであるべきだ。この強さをして、驕り高ぶる必要などどこにあるだろう。
早く殺せとそれが言う。冷たさに沈む双眸で赤葦はため息をついた。“七つの罪よりも不遜に、自ら八つめの罪となってのさばり振舞う。”いつのまにか今の十四番隊について回るようになった風説を教えてやる義理もないが、もしそんなふうに在るのが許されるなら、強き者の前でそうでないものが自分の生き死にを煩うのはどうしたって無意味で無様だ。
懺悔の時間には長すぎた。芯を酔わせる慄きから醒めるのにはまだ早い。刈り取るのはいつも刹那のこと。
「……ど阿呆が」
と赤葦は嗤って、ひゅん、とギロチンのごとし鎌の刃を振り上げた


fin.(2014.11.13)
【七罪不遜、八罪跋扈(しち-ざい-ふそん、はち-ざい-ばっ-こ)】
七つの大罪(傲慢、貪欲、嫉妬、憤怒、貪食、色欲、怠惰)よりも罪深く不遜に、自らを八つめの罪と知り、すべからくのさばりはびこること。十四番隊の銘。造語。

……四字熟語を考えるのが地味にサイコーで楽しかったです。
B○EACHパロでした。斬魄刀は、黒尾さんが「啼け、紅姫」で、赤葦は「面を上げろ、侘助」です。ただ始解言わせたいだけ。十四番隊(原作は十三までだけど)は黒尾が隊長で、赤葦は副隊長。黒尾さんは流魂街でも治安の悪いところ生まれで苦労してて、赤葦はそこそこな家。
かっこよさげな隊の銘がありつつも他の隊にはわかりやすく“ドSツートップ”とか呼ばれてる。
「ぜったい赤葦お前のせいだかんな!侘助で土下座させて頭踏んだりするから!」「はあ?!あんたの顔つきがドSでヒワイだからでしょうが!」
……はいはい付き合ってる付き合ってる。
This fanfiction is written by chiaki.