思いがけず降ってきた幸運に赤葦は、ぱち、と目を瞬いた。ふわりと鼻先を香った花の甘い香りに酔う間もなく、その場所にいた全員の視線を一身に受けるはめになって居心地悪く愛想笑いをする。拍手と賑やかな笑い声が湧き上がって、招待客たちは赤葦の受け取ったブーケの放られた方へちらほらと向き直っていく。赤葦は小さなため息をついて、近くにいた女性にブーケを、どうぞ、とやんわり押し付け数歩後ずさった。女性は笑顔で礼を言いながら、今日の主役である花嫁と花婿を囲う招待客の群れへ駆け寄っていく。
「大暴投だったな」
「……ですね」
さっきまで傍らにいたはずの黒尾はいつのまにか赤葦から少し離れた場所にいた。それを薄情だとは思わないが抜け目ないとは思う。
長身なのを気にして列の後方にいたのにまさかこんなところまでブーケが飛んでくるとは思わない。黒尾が横で、いまだにくつくつと喉を鳴らして笑っている。どんな顔をしているのか大体予想がつくから赤葦は見もしないで、わずかに眉根を寄せる。
「そのままもらっておけばよかったのに」
「俺が? ここでそんな真似できる男はそういませんよ」
「まーね」
「黒尾さん、欲しかったんですか」
ちら、と黒尾を見やると、自分と似たようなスーツ姿の黒尾が真新しいシルバーのネクタイの結び目に指をひっかけていた。駄目、と袖を引っ張って睨む。黒尾が目線を赤葦に滑らせて、ちぇ、といたずらっぽく言った。
「永遠の愛なんてさ」
その続きはこの場に相応しくなさそうだと赤葦は思ったが黒尾はその先を口にしなかった。左手をポケットに突っ込んだまま、黒尾が一歩踏み出し地面から何かを拾い上げる。はい、と赤葦の前に薄桃にほころんだ一本の花が差し出された。きっとブーケからこぼれ落ちたのだろう。ふふ、と赤葦は目を細めて笑う。
「信じてないくせに」
「……限りあるから、信じたくなるんだと思わない?」
少なくとも俺は、そうだね、と黒尾が砂糖菓子のようにやわらかな花をやさしく見つめた。今、その顔を引き寄せて口付けるのは難しい。だから赤葦は丁寧にそれを摘んで受け取り、
「もっと俺に溺れたらいいのに」
と目を伏せて、香りに埋もれるように花びらに唇を寄せた。
fin.(2014.10.12)