愛について
 愛してると言われたことがない。
 好きだ、はある。その告白がきっかけで俺は黒尾さんのことを意識せざるをえなくなった。正確にはもうちょっと濁すような言い方でだからこそ余計に気にかかったのだけれども、思い返せばとても黒尾さんらしく優柔不断で、ほんの少し大胆だった。(それはまた別の話だ)
 愛してると言ったことはある。
 カラオケで、大勢の前で、女性シンガーの歌詞の言葉で。くだらない罰ゲーム。笑えるやつを歌えと言われてこれしか思いつかなかった。
 偶然合流した黒尾さんの前で歌うことになったのは正直、俺にとって不運でしかなかったけれども、歌う俺を見て黒尾さんは笑ったりしなかった。何とも言えない顔をして、俺のことだけど俺のことじゃなくて、深くはきっと自分のことで、黒尾さんは自分を慰めるのが下手だから、たぶん、その日は黒尾さんにとってもタイミングの悪い日だったんだと思う。(これもまた別の話。)
 言われたことはないのに、どこにあるんだろうと疑ったことはない。
 目に見えないものは信じない、と言う人はどんなものを信じるんだろう。見えないものの話で世の中は溢れている。ことばだって文字にしたら、また少し違うものになる気がする。そのとき失われたものはいったいどこへいくのか分からない。
 愛は育てるものだ、なんて言う。
 まだ十七の俺にはよく分からないけれど、愛してるの言葉で何かを量るのは見当違いなんだろう。見えないものの分量を勝手に数字にすることは出来ないし、言葉だけなら嘘にもなれる。なんとなく知るところの記号みたいに、歌うように騙られ、冗談のように笑われて、誰かのことを傷つけて。
 目に見えないものはある。
 それは、口にしないあいだにこそ、信じるものだ。



fin.(2016.12.5)
赤葦の誕生日お祝いテキストでした。
題名がストレートすぎて恥ずかしいんですけど、○○について、で何か書こうか、とぼんやり考えたときに今放送中のユーリがふっと過ぎってしまってこうなりました。
作中の、(それは別の話。)は、どちらもいつか書きたい話です。黒尾と赤葦の出会いの話と、カラオケで罰ゲームをさせられる赤葦の歌を黒尾さんが聞く話。題名も骨組みもだいだい決まっているのですが、……そのうちちゃんと書きたいです。
単純に、愛ってどんなもの?ってことなのですが(真面目に考えるととてもとても恥ずかしい)、まだ若い高校生男子には特に「愛してる」なんて言葉は疑う余地のあるような、嘘くさい言葉だと思うんですよね。いやいやわたしにとっても、たぶん、多くの人にとっても、くすぐったい言葉だと思います。
日本人なんて特に口にしない言葉だし、歌や漫画や、作り物でこそよく聞く言葉で、冗談みたいって笑ったりもするけれど、ない、とは言えない。
言葉自体は疑るように思うのに、存在自体はあると思っている。あったらうれしいと思っている。ちょっと不思議なものだなと思います。目に見えないのに、口にしないのに、かたちにしたっていいのに、口してもいいものなのに。
でも言わないっていうことは、目に見えないっていうことは、それでいいってことでもあるのだと思います。口しないからこそ、あるもの。口にしないあいだに生まれるもので、信じることで続くもの。目に見えないものを語るのは、とても難しい。
言われても言われなくても、信じることができるから赤葦は強いんだと思います。
赤葦、誕生日おめでとう!
This fanfiction is written by chiaki.