笑って
「それ、どうしたんだ」
ただいまとドアを開け、ふと居間を見やると見慣れないカメラのファインダーと目が合った。
にじにじと脱ぎかけた靴のかかとを指先で引っ掛けて外し、ライは部屋へ上がる。帰り道の途中で寄ったスーパーの袋を傍らに置いた。玄関のすぐ脇は台所だ。
どうしたんだよそれ、ともう一度尋ねると、ファインダーの向こう側からひょいと顔が覗いて、
「買った」
と、居間の真ん中に陣取って胡坐をかいているアイクが簡潔に結んだ。
そうしてまたファインダーを覗き込み、居間の壁にピントを合わせている。
「だってそれ、ポラロイドカメラだろ。確か製造中止じゃなかったっけ」
「みたいだな」
年上らしいライの知識に感心するふうでもなくアイクは返事をして、千石に相談したんだ、と言った。
「千石に?」
子どものおもちゃみたいだな、とぽってりとした形のカメラを見やりながら、床に置いたスーパーの袋からつまみを取り出して、居間へ入る。
アイクの後ろを背中をよいしょと飛び越えて、ソファへ落ち着いた。つまみの袋を開け、さつま揚げをひとつつまんだ。ひょいと口に放り込んで噛む。空きっ腹に旨みがふわっと染みた。
アイクの話はこうだった。
カメラが欲しいと、わりと好奇心旺盛な共通の友人に相談したところ、普段パソコンを使わないアイクにぴったりだとポラロイドカメラをすすめられたらしい。ネットショップでカメラとフィルムを手に入れてくれ、今日それを受け取ったのだ。
「これなら、フィルムを入れて撮影すればそのまま写真も出てくるだろ」
「まあ確かにお前にはこれがいちばん、楽かもな」
ライは足元に転がっていたカメラの箱を拾い上げながら、ふたつめのさつま揚げを取り出していた。
お前がカメラなんてねえ、と呟いて箱の側面にある文字を適当に拾って読む。
「ライ」
「んー」
一口分つまみを口に入れて顔を上げると、カメラを構えたアイクがこちらを向いていた。手のひらで掴んで支えるほど大きなカメラの陰に、アイクの顔が隠れて窺えない。小さな、ファインダーの向こうにあるアイクの眼差し。
「笑って」
その一言に、ライは思わずきょとんとして、口の中にあったさつま揚げをごくりと飲み込む。
味わわずに喉を落ちていくかたまりに少し苦しげにぱちぱちと目を瞬いていると、どうした、とアイクがファインダーから顔を外さずに尋ねた。
「……それ、変なの」
とんとん、と喉元を叩いてライは一息つき、肩を下ろす。
そういえばアイクに写真を撮られるのは初めてだな、と聞き慣れない言葉を頭の中で反芻すると身体が少しむずがゆくなった。
さつま揚げの味のする指先を舐めて、ひとたびアイクを見る。
ふしぎなことばだ、と首を傾けて笑う。

ぱしゃり、と小気味よい音が重なってきらめいた。



fin.
2009年7月2日の“本日の一言”のロングバージョン、でした。(今調べた)
アイクみたいな、無骨で無愛想な人が「笑って」って言ったらときめくかもしれないなあと思って書いたようなそうでないような。
何の説明もなしに現代パラレルで、千石くんが友だちとして出ていたりしますね。
わたしもポラロイドカメラ持っているんですけど、フィルムがもったいなくて1度も使ってません。ていうかあれ使えるのかな。

2014.5.3
This fanfiction is written by chiaki.